いたずら文学紀貫之子が認めまする

つらつらと書きづつけます

子育てママは想像を絶するほど大変。みんなで優しく見守り手伝ってさしあげましょう。

皆様がなさるブログというものを青年である私もやってみようと言うので、します。

去りし5月5日は子供の日でしたね。

チルドレン

チルドレン

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少子高齢化と言われて何年も経過しますが、ついに1500万人を割ったそうです。

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いろいろ要因はありますが、シンプルに「子どものいる女性の方が幸福度が低い」と言う調査結果もあります。

経済的にも時間的にも肉体的にも子育ては負担を強いられます。

女性の社会進出も徐々に光明が差して来ましたので、子育てより仕事を優先し、達成感や充実感の方が子どもへの愛情などより喜びを見出す方も多いのかも知れません。

これは由々しき一大事です。

ですが個々人の価値観の問題ですので、こればかりはどうしようもないような感じがします。

私個人の子どもに対する考えを書きたいと思います。

その事でございます。

自分自身には子どもをつくる機会がありました。

それも2回も。

正確に言うと、妻は3回妊娠したのですが、悲しいことに初産は流産でした。

精神的苦痛と肉体的なダメージが著しく、妻は参ってしまいました。

そこで転勤族だった筆者は当時本州に住んでいましたが、一度妻と筆者の故郷である北海道に会社を辞めて帰りました。

そこで仕事を探し、見つけて働きだし、妻も自分の親や知人と比較的容易に会えるようになったこともあり、徐々に元気を取り戻しました。

その様な悲しみを乗り越えて、長男が授かったときには本当に喜びも一入だったと記憶しています。

長男妊娠中はキックゲームと言って、妻のお腹を軽く叩いてあげると、お腹の中の赤ちゃんがお腹を蹴って反応してくれるという遊びもしました。

意思疎通がその様な形で実現できたことに感動と驚きを隠せませんでした。

長男の出産は母子ともに健康でした。

生まれてきてくれてありがとう、とはまさにこのことだと実感致しました。

最初は首も座っておらずサルのような容姿で、泣いてばかりで何も出来ない状態で人間というものは産み出されるんだなと思いました。

しかし日毎に首が座り表情が豊かになり、段々と可愛く感じるようになってくるものです。

手間がかかる分、愛しさも増してきました。

長男は寝付きが悪く、良く夜泣きをしました。

携帯のメロディを鳴らして落ち着かせたり、抱っこしてゆっくりと左右に揺らしてあげると徐々にまぶたが重くなり、寝かせるのに苦労をしました。

時間がかかることもあり、腕がしびれて大変でした。

それがだんだんとその必要が薄れていき、やがてまったく抱っこしなくとも寝付くようになりました。

そうなると逆に何だか寂しいような気もします。

子育ては大変な反面、徐々に大きくなり親の手を離れていく嬉しさと寂しさが入り混じったものでした。

1歳時になり離乳食が始まるも、いつの間にか普通のご飯になり、自分で食べ始めます。

中々歩けるようにならない。

普通は喋りだす時期なのになぜ喋らないんだろう。

妻は不安で泣き出しもしました。

それがひょんなことで「パパーママー」と喋ったりするのですから不思議なもの。

処理が大変だったおもつも卒業していきます。

筆者が父親として一番大変だったのが補助輪なしの自転車を自走させること。

筆者がハンドルを握りつついっしょに走り、息を切らせながら体力の続く限り補助しました。

突然熱を出して妻は長男を連れて病院に駆け込んだり。

いろいろ失敗をやらかしてその後処理に時間を取られたり。

とにかく毎日食材を買い出しに行って3食作って食べさせて食器を洗って。

絶え間なく続けなくてはなりません。

父親より、母親の妻のほうが想像を絶するほど大変であったことでしょう。

自分なりに子育てを手伝ったつもりではありますが、足元にも及びませんでした。

願わくは、このように子育てというものが想像を絶するほど大変なものなので、子育て世代、特にママを見かけたら優しく見守ってあげて欲しいです。

電車で妊婦が立っていたら席を譲るとか。

ベビーカーの移動に難儀していたら手伝ってあげるとか。

保育園や幼稚園で子どもの声が聞こえてもうるさいと言わないでおくとか。

夫は最低限自分のことは自分でやるとか。

ママの家事を手伝ってあげるとか。

悩みや愚痴を聞いてあげるとか。

おばあちゃんとパパの二人で子供の面倒をみて、その間にママは気晴らしにどこか出かけさせてあげるとか。

筆者自身も良い父親、夫ではなかったなあと自戒の念を込めて、敢えてそう呼びかけたいと存じまする。

このエントリはこの辺にてけりを付けとうござりまする。