いたずら文学紀貫之子が認めまする

つらつらと書きづつけます

エスカレーター歩かないでと今更言われましても昔は歩いてませんでしたよ?

皆様がなさるブログというものを青年である私もやってみようと言うので、します。

ここ数年でエスカレーターの利用について動きがございます。

www.nikkei.com

この件に関しまして、もし戦国時代の名武将が生き永らえていたら、こんな会話が繰り広げられたのではと憶測してしまうのでございます。

ねえねえヤスぅ~。

なあに、ノブ?

最近エスカレーターを歩けって言われんじゃん。急いでんのによぉ~。困らね?

別にいんじゃね? 安心安全で。

んなこと言ってっから日本経済停滞すんだべや! 経済回すためにはとっとと歩く! スピードが命だべ。

んー。だってさ、ヒデ?

いや、俺に言われてもよ。まあ別に止まりたい人は止まって、歩きたい人は歩くでいんじゃね。

そうでなくて、みんなで歩かないばダメだべや!

何だよそれ。

そんなんだから部下に嫌われて謀反されんだぞ!

いや、そこまで言う?

エスカレーター歩かないで

その事でございます。

そもそもなぜ人はエスカレーターを歩くようになったのか。

前述の記事によりますと、

片側空けが世界で初めて行われたのは1940年代の英・ロンドンの地下鉄駅との説がある。その後、欧米各国をはじめアジアに広がった。現在、片側空けは世界的に共通の習慣になっているという。

だそうです。

世界各国で見られる慣習なので、それを変えるとなると相当無理があります。

オリンピックを行うからと言って、世界に先駆けて「エスカレーターで歩かないこと」を国民に強いていいものなのでしょうか。

事故が多発

前述の記事をよく見ますと

日本エレベーター協会(東京)の調査でも13~14年に把握したエスカレーター事故1475件のうち「歩行してつまずき転倒」などの「乗り方不良」が原因の約6割に上る。同協会の担当者は「エスカレーターの安全基準は立ち止まって利用することを前提にしている」と強調。

なんだそうです。

しかし筆者が物心ついたときには「片側空けて歩行可能にする」と言う習慣はまだありませんでした。

逆にその事が、欧米諸外国では「片側空けて歩行可能にしている」のに、日本は遅れていると揶揄されたものです。

それが高度経済成長や、バブルに向けてまっしぐらの中、徐々に浸透していきいつの間にか「片側空けて歩行可能にする」がデフォルトになりました。

ものすごく今更感がございます。

日本は歳をとったなと

確かに「片側空けて歩行可能にする」と、怪我をする人が出るのでしょう。

こちらの表とグラフを御覧ください。

回数 期間 事故件数
第5回 1998年1月-1999年12月 179
第6回 2003年1月-2004年12月 296
第7回 2008年1月-2009年12月 674
第8回 2013年1月-2014年12月 882

エスカレーター乗り方不良ー災害件数2年おき

エスカレーター乗り方不良ー災害件数2年おき

出典:https://www.n-elekyo.or.jp/about/elevatorjournal/pdf/Journal7-13.pdf

乗り方不良によるエスカレーターの災害件数は1998年頃は年間90件程度だったのが次第に増え、2013年頃には年間400件ほどと4倍以上になっています。

乗り方不良なので、その原因が「片側空けて歩行可能にする」だけとは限りませんが、明らかに危険な行為と見なされるように社会が変化したとは言えるのです。

筆者が思い当たるのは「年配者の割合が増えた」と言うことでございます。

若い人であれば身のこなしも軽く、躓いて転んでもダメージは少ないと思われます。

歳を重ねれば誰しも反応が鈍くなったり動作が遅くなり、躓くトラブルに対処がしにくいのが現状かと推測致します。

仮説です

証拠や論文はございません。

ただ前世紀と今世紀の違いで著しいのは少子高齢化です。

テレビも新聞も年配者に向けた報道や番組特番が組まれますし、コロナは若者が感染拡大していると根拠のない言いがかりの論調で報道されますし、政治も年配者優先で政策が提示され、年金に至っては年配者ばかりが得をし、若い人たちは払い損という……。

世の中、高齢者に最適化されつつあるのでは無いでしょうか。

筆者の取り越し苦労であれば良いのですが。

民主主義

エスカレーターの「片側空けて歩行可能にする」というのは、自然とそのようになった社会的な慣習です。

いわば民主主義的に、多数決で決まったようなものです。

それを一方的に年配者が居心地の良いように強制的に「歩かないで」と吹聴し回るのはいかがなものかと存じます。

勿論、自ずと決まるのなら良いのです。

実際40年ほど前は前述の通りその慣習は日本にはありませんでした。

自然にできたことなのです。

いずれは「歩かないで」となっていくとは思います。

強制が良くないということです。

安全面と人権

大事なことは安全面でございましょう。

確かに事故件数が増加傾向というのは由々しき事態です。

歩くにしても年配者や体の不自由な方への配慮を欠かさず、優しく歩くように意識したら良いのではないでしょうか。

急いでいる人にも「疲れたな」と立ち止まりたい方もいるに違いありません。

ただそれで「歩くか立ち止まるかの選択肢は当事者に委ねられている」「あなたは歩いても立ち止まっても良い」と言う自由の権利がないがしろにされていいはずがございません。

基本的人権に関わるところかと存じます。

まとめ

まずは「歩いても止まっても良い」という権利が認められる世の中になると良いと思います。

その上で、事故が増加傾向であることを良く理解し、エレベーターの歩行のみならず、あらゆるところで事故が起こらぬよう、互いに配慮、譲り合いながら移動する心がけが肝要なのだと強く思います。

このエントリはこの辺にてけりを付けとうござりまする。